12月20日の投稿で、フィリピンの南端、ミンダナオ島ダバオ市の教育事務所で働いていたときに起こった、サイエンスガーデンについて書きました。日本に短期研修にいった我がボス、ミセスバルデラマがダバオ周辺の中学校に導入しようとしたサイエンスガーデンは、1990年代に日本でひろがったビオトープがネタになっていたこと(12月20日の投稿には、以下から飛べます)。
今回も、今度はカンボジアで見たビオトープ問題から始まります。
日本での学校ビオトープ物語 その一例
12月20日の投稿でも書きましたけれど、改めてビオトープとは何か?から。
“ビオトープ(Biotope)”とは「さまざまな生き物が共生できる人工的に作られた場所」のことで、ドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが提唱したという資料もあったし、やはりドイツの動物地理学者であるフリードリヒ・ダールが造った言葉であるという資料もあった。どちらにしても、ギリシャ語の「bio(ビオ:命)」と「topos(トポス:場所)」との造語だ。
ドイツでは工業化などによる環境問題が深刻化した1970年代頃から、失われた生態系を復元するため、本来その地域に棲む生物が生息できるよう、生態系保全を意識した地域づくりとしてビオトープがつくられるようになった。日本でも1990年代末頃から各地でビオトープがつくられはじめ、学校などにも導入され、体験学習のひとつとして活用されている。
以前、ぼく自身が見たあるテレビ番組では、東京郊外の田園地帯の小学校でのビオトープをめぐる物語が語られていた。
その小学校に通う生徒たちのお父さんたちも、幼いころ同じ学校に通っていた卒業生。彼ら父親たちが集まって語るのは、自分たちが子どものころに遊んだ学校周辺の小川のこと。ザリガニやドジョウやカエルを取って遊んだときに出会った、ヤゴなどの水生昆虫のこと。ところが、自分たちの子どもたち(小学校の生徒たち)には、そんな小川が身近にない。広がっていた田や畑の多くが宅地化され、小川はコンクリート製のU字型側溝に姿を変えてしまった。
そして、父親たちはかって自分たちが遊んだ水場を取り戻そうと立ち上がる。学校と協力し、校庭にかっての水場を再生するのだ。土砂を運び、それを整備し、水の流れと池を作る。そこに専門家の助言もうけながら水場の植物を移植する。完成した水場のあるビオトープには、すぐにトンボが産卵にやってくる。そんな風景をみながら、歓声をあげる父子たち。
そんなふうに、物語(実話のドキュメンタリー)は進んでいった。
熱帯の自然、熱帯のビオトープ
ぼくが2002年にカンボジアでのODA理数科教育支援プロジェクトで働き始めて、それほど間もないころのことだったと思う。横浜市による理科教育支援プログラムで研修を受けてきた小中学校理科教員の研修発表会があるから見においで、というお誘いを受けた。
その研修のひとつの目玉が学校ビオトープだった。横浜市では、多くの学校が環境教育の一環として学校ビオトープを導入していた。そして、その取り組みが、横浜市が実施する海外理科教員支援プログラムに反映されている、ということのようだった。
学校ビオトープのすすめ 横浜市 (yokohama.lg.jp)
ぼくが覚えているのは、男性の教員が研修後にプノンペン郊外にある自分の学校で、ビオトープを作ったというような発表だった。彼のビオトープは、立ち並ぶ校舎の中に空いたちょっとしたスペースを使った鉢植えの植物が中心の小さな庭園という場所だった。地面にだけではなく、上手に金網を使って作った壁に掛けた蘭の鉢などもいくつかあって、そんな鉢にはきれいな花が咲いていた。きっとすごく張り切ってガンバって整備したんだろうなぁ、もちろん拍手だ。
ただ、発表はそんなビオトープを「作った」内容に終止し、ビオトープを「使う」ことには言及されていなかった。ビオトープを使う、つまり、生徒たちの理科の学び、あるいは環境の学びに、それをどう活かすかということだ。
でも、それをその先生に求めるのは簡単ではないはずだった。なぜなら、当時のカンボジアの理科教育の中には、生徒が植物や動物を「継続して観察する」といった活動はまったく含まれていなかったから。そろそろ中年期を迎える年齢のその先生自身が小学生中学生だったころ(ポルポト時代後)にも、そんな活動はなかっただろう。
日本の小学生が必ずやるような、アサガオやヘチマの成長観察日記作成のような観察活動の経験がまったく求められない先生や生徒たちにとって、ビオトープという場が提供されても、それを使いこなすのはむずかしい。そして、短期の研修で、そこまでの技術、つまり自ら生きものの観察活動をすること、さらには子どもたちにそんな観察活動を指導すること、を身につけるのもむずかしいはずだ。
今でも、観察、というのはカンボジアの理科教育の弱点であり続けているだろうという確信に近い予感もある。
なぜなら、熱帯では自然はけして愛でる対象ではないからだ。熱帯では、自然は人の生活を侵食する「敵」であることが多い。生い茂る夏草(一年中夏である熱帯に夏草もおかしいけれど、日本的に力強く、だからやっかいな存在としてイメージしやすい夏草という言葉を、ここでは使ってみました)は、油断すればすぐに田や畑に入り込み、人が求める生産の邪魔をする。熱帯の植物の成長は、温帯のそれよりもよっぽど早い。さらに、日本でもよく見られるイノシシなどの野生動物が、田畑を荒らすやっかいな存在なのは、熱帯でも同じだ。
シロアリは、家の壁に喰い込み、油断をすればすぐに本などの紙類をダメにする。蚊はマラリアやデング熱をもたらすから蚊帳は欠かせない。洪水時に、家に上がってくるコブラに噛まれるなんてことにも気をつけなくちゃいけない。
自然が豊富で嬉しい楽しいという感覚は、熱帯でなくとも多くの場合、自然を離れた都会人の幻想でしかない。押し寄せる自然に抗することが生活の基盤にある社会では、自然を愛でるという感覚はなかなか生まれにくいんじゃないだろうか。自然を愛でる感覚がなければ、どうして自然を観察する精神が育まれるのか。もちろん、敵を知ることは必須だ。その観察は、必要に迫れれてのことで、必要のない自然観察とはきっと別物のことだ。
そんな社会、環境、文化の中では、ビオトープというのは、管理できる擬似的な「自然環境」として魅力的なのかもしれない。彼らは、そこにビオトープの価値を見る。
単に観察し経験するのであれば、日本の父親たちが懐かしむような水場は、都会をのぞく多くのカンボジアの学校の周りにはまだまだある。そこで子どもたちは、雷魚を釣り、カエルを捕まえ、今日の食事の人添えになる草花を今も摘んでいる。わざわざ学校に人工的な疑似環境を作らなくても、身近に体験し観察できる自然はある。ただ、それを理科的な文脈で体験し観察するが方法が伝わっていないだけだ。
ファーブルがファーブルになるために必要なこと
ファーブルはどうして、必要のない昆虫観察に「うつつを抜かす」ことができたんだろう。地面に這いつくばって糞虫(つまりフンコロガシ)の後を追い、馬糞牛糞のある場所を糞虫の巣を見つけるためにシャベルで丁寧に掘り、あるいは狩りバチが幼虫に残すために獲物を「生きたまま殺す」その針刺しの瞬間を何度も観察する。そんなことを実行するファーブルは、コミュニティーの中でやはり特異な人であったろう。それでも19世紀中ごろのフランスという社会が持つ雰囲気の、ひとつの産物がファーブルであったのは間違いない。
19世紀中ごろのフランスという社会、雰囲気、というのは、つまりアカデミックな自然科学という分野の発達があり、理学士や博士という制度が整い、またそれらを取得することの社会的意義が広く認められ(ファーブルの昆虫の行動学的研究は、フランスではあまり理解されなかったということもあったらしいけれど)、また観察したことを発表する土壌があり、その読者が少なからずいる、そもそも糞虫に耽溺していても社会的評価を得られるような、社会、それがもつ雰囲気、のことだ。それなしに、ファーブルがひとりでファーブルになることはあり得ない。
そして、現在のカンボジアだ。もし自然観察の技を身につけたある生徒がいたとする。でも、現在のカンボジアの進学試験でそれが役に立つかと考えると、どうしても悲観的になる。観察する技よりも、暗記する技のほうが間違いなく役に立つ。また科学分野のアカデミックもカンボジアの高等教育はまだとても脆弱だ。カンボジア語でそれを発表する土壌もない。さらには読者も少ないだろう。
結局、それでは「金」にならない。つまりは、その技は生活する上で役に立てようがない。わずかばかり期待できるのは、金銭的な生活苦から遠い場所にいる変人の存在だ。そんな変人が、あくまで個人的な興味でファーブルの道を突き進めるだろうか。もし突き進めたとしても、その個人の域での興味に社会性をもたせるだけの環境があるか。具体的には、発表の場、そして読者の存在。なによりも、その変人が自分の観察したことを発表することを後押しする、なんらかの社会的評価機能の存在。「金」以外に社会的評価機能が働くそれはなんだろう。宗教的なものに何か可能性はあるかもしれないけれど、そうなると科学性からは遠くなってしまいそうだ。
カンボジアのファーブル、どこかに隠れていないかなぁ。カンボジアに限らず、熱帯のファーブル、どこかに育ってやしないだろうか。もちろん、単にぼくが知らないだけという、すでに名のしれた存在があるのかもしれない。そんな情報をお持ちの方は、ぜひ教えて下さいませ。
求む、熱帯のファーブル。


















毎日、ありがとうございます。カンボジアの理科教育やカンボジアの人々や生活について、あるいは国際支援について貴重な講義を毎日受けているという気持ちです。今日の自然観察についても共感するところは多々ありますし、先日の顕微鏡が展示物として鎮座ましますという話や、研修会参加へのお土産など「そうそう。」と納得できるところも多々あります。時間が無いのでその都度コメントはしていませんでしたが。今日の内容については、「自然に親しみ」というのが学習指導要領の理科の目標の最初に書かれているのは日本だけではないかと思い、その意味でむしろ日本が特殊ではないかと思います(根拠となる資料を調べているわけではありませんが)。自然観察がなぜ必要か、観察・実験がなぜ大切か、ということを日本の「当たり前」の意識で接してはいけないと思っています。以前「価値観の押しつけにならないように注意する」と言ったのはそのような意味です。Facebookで交流しているわずかな人数のカンボジアの先生方ですが、これからもできる限り本音を聞ける関係をつくって何をしたらいいか考えるのに役立てたいと思います。
都筑功様
いつも読んでいただき、ありがとうございます。嬉しいです。講義ってこともなく、気楽にお願いします。
「自然に親しみ」というのが学習指導要領の理科の目標の最初に書かれているのは日本だけではないかと思い、その意味でむしろ日本が特殊ではないかと思います。
なるほどー! 以前、ある理科専門家が「理科の基本になるのはまず数学、それを土台に物理があり、さらに化学。その応用として生物、さらに地学がある」とおっしゃったんですよ。その方は、その考え方から、理科でまず大事なのは物理、続いて化学、生物と地学はその次というわけです。
私は、自然観察は理科の第一歩、歴史的にみても、物理化学の発達以前に、生活の中での生物や、天体観測、鉱物の利用、などがあったわけで、生物や地学を、物理や化学よりも後回しにするという考え方にまっこうから反論するということになったのでした。その方に、納得してもらうことはできませんでしたけれど。(あちらからすれば、こちらが頭が固いのか、な)
とにかく、何が理科か、理科にとって大切なのはなにか、というのも、なかなかいろんが議論がありそうです。
村山哲也